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『新版 好色五人女 現代語訳付き』 (井原西鶴著)/角川ソフィア文庫・860円
 
受験の時、"井原西鶴=『好色五人女』"と機械的に覚えさせられた記憶がありますが、まさかこんなに面白いとは……。 お江戸屈指のアイドルの初夜の描写は必読です。
お七はとにかく吉三郎のことが大好きで、ある嵐の夜に「今日しかない!」と、思いあまって夜這いに(!!)行くんですね。いろんな人を踏んづけながら、やっと吉三郎の布団にたどりつき、もぐりこむと、吉三郎のほうがびっくりして、何を思ったか開口一番「私は16歳になります」と謎の宣言をします。すると、お七もなぜか真面目に「私も16歳になります」と答えます。二人してドギマギして、なかなか距離を縮められないでいると雷が鳴り、お七は「いまだっ」とばかりにキャーと言って吉三郎に抱きつき、 首筋に"喰らいつき"ました──こんな感じで、二人の若い男女の不器用で純粋で滑稽な恋愛模様が描写されているわけです。
作品が描かれたのが、お七の刑死から3年後ですから、当時の巷説として、こんなふうにお七の話が上方に伝わっていたんだな、ということもわかります(西鶴は大阪人なので)。
短編なので、注釈などと照らし合わせながら、ぜひ原文で味わってみてください!
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『江戸の女 鳶魚江戸ばなし2』 (三田村鳶魚著)/河出文庫
江戸学の祖ともいわれる三田村鳶魚の著作。お仙だけでなく、さまざまな江戸の女性にスポットが当たっていて非常に読みやすいです。
さらに踏み込んで知りたい方は、原典に当たることをおススメします。なかでもお仙の同時代人大田南畝の随筆は一見の価値あり。たとえば『蜀山人全集』5巻に入っている「売飴土平伝」の中の、"阿山(仙)阿藤優劣弁"では、当代きってのアイドルであるお仙と、その対抗馬であった浅草寺境内の柳屋お藤の比較していたりします。要約すると、お仙はサッパリとしていて可憐なタイプ、お藤を化粧映えのする妖艶な美人。どちらも華奢で腰が細いことをほめたたえています。大田南畝さん(蜀山人)のちょっとロリコン視点なのが面白いですね。
鈴木春信の浮世絵と見比べながら読むと、イメージがさらに膨らみます。春信の作品はたいていの図書館の大型本コーナーにあります。『原色浮世絵大百科事典(第6巻)作品』(春信作品はこの巻に多数掲載)は解説も丁寧なのでおススメです。
※絶版のため、現在Amazonでの取り扱いなし。ただし中古品あり
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『大名生活の内秘 鳶魚江戸文庫16』 (三田村鳶魚著)/中公文庫
 
さまざまな大名のスキャンダルや風聞を垣間見られるような一冊。この中の「桜餅」は阿部正弘×おとよ事件の真相に肉薄する一編です。おとよの一件だけを見ると、 権力にものを言わせて未成年に手を出したロリコン政治家(←ヒドイ!)の印象が強い阿部正弘ですが、実はイケメンで、かなり有能な人であったということがわかります。政争に明け暮れる阿部にとって、おとよは唯一の心のオアシスだったのかもしれません。
もっと踏み込んで知りたい方は、同じ鳶魚の『三田村鳶魚全集3巻~御殿女中続考』の「烈公の女寵講和」に掲載されている、水戸の徳川斉昭が側用人の安島弥次郎に宛てた手紙を読んでみてください。超女好きの水戸斉昭が、"阿部正弘が最近急激に痩せ衰えているのは、若いおとよにうつつを抜かしているからのようだ"とからかいながらも、"たとえ三千人の女性を囲ったとしても、交わる数さえ決めておけば体には障らないのだ"と開き直ったコメントをしているのが面白いです。
※絶版のため、現在Amazonでの取り扱いなし。ただし中古品あり
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『原色浮世絵大百科事典(第7巻)作品』 (日本浮世絵協会編)/大修館書店
どこの図書館でも大型本コーナーにだいたい常備されている浮世絵の解説書。ほぼ原寸大、カラー掲載なので迫力があります。7巻には美人画の大家、鳥居清長と喜多川歌麿の代表作が収められ、かなり見ごたえがあります。歌麿は、大首絵(上半身を大きくクローズアップした絵)によって、女性の顔を拡大して見せた初めての人。ブロマイド写真の元祖のようなものですね。そのモデルとして最も多く起用されたうちの一人が難波屋おきたでした。おそらく、歌麿好みの顔だったんでしょうね。
ちなみに、当時寛政の改革によって、出版統制が非常に厳しくなっており、浮世絵の中に女性の実名を入れることは、風紀を乱すと禁止されていました。なので、歌麿さんはひと工夫。名前の代わりに、菜を二把、矢、海の沖、田圃の絵を書きました。これが、
菜が二把+矢+沖+田
=なにわ+や+おき+た
=難波屋おきた
という判じ絵になっている わけです。洒落てますよね!
※絶版のため、現在Amazonでの取り扱いなし。ただし中古品あり
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『火宅の女─春日局』 (平岩弓枝著)/角川文庫
タイトルが好きで手に取った一冊。春日の人生は、まさにその辞世の句「西に入る月を誘い法(のり)をへて今日ぞ火宅を逃れけるかな」のなかにある"火宅"の一言に凝縮されているように思います。
"火宅"とは仏教用語で、「この世の、汚濁と苦悩に悩まされて安住できないことを、燃えさかる家にたとえた語」(ジャパンナレッジ「日本国語大辞典」)だそう。彼女の記憶は、父親が謀反人として処刑され、一家で路頭に迷うところから始まります。おまけに幼少期に患った痘瘡(ほうそう)で、顔中に跡が残りました。いきなりヘビーな生い立ちですが、それでも高い教養を身につけ、乳母として将軍家の役に立ち、戦のない世の中を作るために懸命に働いた彼女の生きざまは胸を打つものがあります。(なにを隠そう、堀口不朽の推しメンが春日局!)
ちなみに、さまざまなドラマでそうそうたる女優さんたちが演じてきた春日役ですが、私がいちばん印象に残っているのはなんといってもNHKの大河ドラマ『春日局』の大原麗子さんが演じた春日の姿。可憐で愛嬌があるけれど、芯が強く思慮深い春日、ほんとうに最高でした! 橋田壽賀子先生の脚本も、徳川家のお家事情という究極のホームドラマにはぴったりだったように思います。
※絶版のため、現在Amazonでの取り扱いなし。ただし中古品あり
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『幕末の大奥~天璋院と薩摩藩~』 (畑 尚子著)/岩波新書・777円
 
天璋院の実像に迫りたい方にぜひおススメしたい一冊。
著者の畑尚子先生は大奥研究の第一人者であり、史料などから天璋院や、その周りを取り巻く人々のパーソナリティを浮き彫りにし、時代背景などを含めてわかりやすく解説しています。たとえば天璋院の容姿が「 丈高くよく肥え給える御方」であったとか……大河ドラマ『篤姫』のイメージが強い方には、意外な発見が多い一冊だと思います。
逆に大河のイメージを大事にしたい方には原作になっている 『天璋院篤姫(上)』
『同(下)』
(宮尾登美子著)をおススメします。(ちなみに畑先生が天璋院を知るきっかけにもなったのもこの本だそうです)
ヒロインとして理想化された天璋院像ではありますが、そのことは宮尾登美子先生自身も自覚されており、あとがきでその実像について触れている部分がとくに興味深いです。なにより、"和宮をいびった人"と、それまでの天璋院のイメージを塗り替えた、画期的な作品だと思います。
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『大奥学事始め―女のネットワークと力』 (山本博文著)/日本放送出版協会・1470円
 
大奥は数々のドラマの題材になっていますが、実際はどんなところだったのでしょうか──その模糊とした全体像を、史料をもとにわかりやすく解説してくれているのがこの本です。山本先生の著作の特徴でもありますが、出典史料を書きくだして引用し、かつ現代語訳をつけてくれているので、初心者でも安心。
絵島生島事件も、 大奥不祥事のシンボルとして紹介され、幕府の正史『徳川実記』から、当時の噂話(ゴシップ誌)の類である『三山外記』まで幅広く引用し、どの立場の人がどう評価していた事件なのかがわかるようになっています。
大奥学からではなく、歌舞伎学の立場から絵島生島事件の真相に迫った作品を読みたい方は 『江戸の歌舞伎スキャンダル』
(赤坂治績著)(※絶版のため、現在Amazonでの取り扱いなし。ただし中古品あり)はいかがでしょうか。歌舞伎評論家の著者が独自の視点で江戸の歌舞伎スキャンダルの真相に切り込んでいます。大奥と、歌舞伎界の癒着関係、複雑に絡み合う人物関係までを知りたい方にはおススメの一冊です。
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『和宮様御留』 (有吉佐和子著)/講談社文庫・660円
 
いまから30年ほど前、"和宮替え玉説"が話題となりました。本書もこの説にのっとって描かれています。(重要なのはこの本が小説としてものすごく面白いことだと思いますので、替え玉説の信憑性についてはここでは触れません。発掘調査などにより否定されてはいますが、現在でもこの説をとる方はいらっしゃるようです)
主人公の天真爛漫な少女・フキが知らず知らずのうちに和宮の替え玉として仕立て上げられ、精神を病んでいき「あて(私)、宮さんやおへん」と泣き崩れるシーン、そしてその後に待っているフキの末路……思わず「 権力者、こわっ!」とつぶやいてしまいました。嗚呼、オチを話したい!
同時期に出された遠藤幸威著の 『和宮』
(※絶版のため、現在Amazonでの取り扱いなし。ただし中古品あり)は、著者が増上寺の和宮評議員を務めており、替え玉説に対抗した視点で描かれています。和宮自身の日記である『静寛院宮御日記』、和宮の側近・庭田嗣子の日記である『御側日記』、奥女中へのインタビュー記録である『旧事諮問録』など、多数の史料を比較し、小説風に構成した内容です。前者ほどの知名度はありませんが、和宮の伝記的な性質もあるので誕生から亡くなるまでの全体像を知りたい方にはおススメです。
この二冊を読むと、同じ和宮でも、著者の史料の読み方によってこうも印象が変わるのだなぁと変なところに感心してしまいました。両方読んで、ご自分の和宮像を作るのも面白いと思います。
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『遊女歌舞伎』 (高野敏夫著)/河出書房新社・2520円
 
数々の伝説に彩られ、その生没年さえはっきりしない阿国の生涯と功績を、史料などをもとに丁寧に追っていき、さらにその先にある遊女歌舞伎の実態についても知ることができます。
私はこの本で初めて阿国歌舞伎にとってかわった遊女歌舞伎が、 16、17くらいの年ごろの美少女が50人くらいで着物の裾をひらひらさせながら、いい匂いをまき散らして三味線と歌に乗せてダンスする、ということを知りました。…… AKBじゃん!!!と、思うか思わないかは、あなた次第です。
また、本書で特徴的なのは、観客の存在も含めて阿国歌舞伎→遊女歌舞伎への変遷を考察していること。京都、江戸で阿国を熱狂的に支持したのも観客なら、阿国をトップスターの座から引きずり下ろしたのも観客でした。現代の演劇や芸能などの興行の世界にも通じる部分があり、とても興味深いです。
小説で楽しみたい方は有吉佐和子先生の 『出雲の阿国』
(中公文庫)をおススメします。史料に残された点と点を、無理のない味付けをした設定で結びつけています。そのうえで名古屋山三との恋愛などのいわゆる伝説上の阿国の要素も盛り込んでいるので、阿国小説としてはまず第一に挙げられる本だと思います。
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『吉原御免状』 (隆 慶一郎著)/新潮文庫・700円
 
とにかく面白すぎる作品。時代小説の醍醐味がすべて詰まった一冊です。
物語は新吉原開業の初日から始まります。小説とはいえ、かなりしっかりと時代考証をしていて、吉原のしきたりやトリビア的なことが十分に学べます。また、吉原が実は徳川将軍家や天皇家と深いつながりがあった!?という著者の大胆な考察も非常に興味深いです。
本作では 仙台高尾と勝山がダブルヒロインなので、まったく違うタイプで吉原のトップに君臨した二人の花魁の生きざまを見比べるのも楽しいです。
もっと深く味わいたい方は落語の世界で仙台高尾を堪能されても面白いかと思います。たとえば『反魂香(はんごんこう)』は仙台高尾には実は島田重三郎という相思相愛の恋人がいて、伊達綱宗に切り殺されてから、重三郎は「反魂香」という魂を返す力がある名香を焚いて、よなよな高尾の魂を呼び戻しているというくだりがあります。また『明烏(あけがらす)』は高尾は登場しませんが、自分が吉原に登楼しているような気分になれるのでおススメです。落語を楽しむなら高座に行くのがベストですが、私は、図書館のAVコーナーも活用しています。ピンポイントにこの演目が聞きたい!というときは、タイトルで探せるので、名人の落語が手軽に楽しめて便利ですよ。
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『女形一代~七世瀬川菊之丞伝~』 (円地文子著)/講談社
戦後を代表する名優にして稀代の女形六代目中村歌右衛門(大正6(1917)~平成13年(2001))を、架空の女形・七代目瀬川菊之丞に仮託して描いた作品。つまり、二世菊之丞自身を描いているわけではありませんが、歌舞伎界にまつわるリアルなスキャンダル(隠し子問題等)や女形ならではのメンタリティ(恋愛事情等)を知ることができ、大変興味深いです。
また、作品中に菊之丞の恋人として新進の画家・沢木紀之という青年が登場するのですが、この人と菊之丞との恋愛観の食い違いが実に面白い! すなわち、菊之丞は男性でありながら、芸のうえでも私生活でも女性に近づこうとする。しかし沢木は、女形といえども、根底の部分では男性的な部分を求めようとする。この根本的な女形感の食い違いで二人は別れ、やがて沢木はフランスで心中事件を起こして亡くなる……ここまで来てピンときた方もいらっしゃるのではないでしょうか。そう!沢木は恐らく作家三島由紀夫を仮託した姿なのです。
こういった生々しいスキャンダルも、実に品よく、淡々と描いているのは著者の円地先生の技でしょう。まえがきもあとがきもない、潔さにシビレます。
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『江戸の花街 鳶魚江戸文庫13』 (三田村鳶魚著)/中公文庫
 
江戸学の祖・三田村鳶魚がさまざまな資料をもとに江戸の花街の成り立ちから、そこで働く女性たちについて解説しています。勝山は湯女であったわけですが、なぜ湯女がもてはやされたのか、風呂屋の実態はどんなものだったのかということがよくわかります。
本書の読みどころはなんといっても、半分以上のページを割いて考証されている 元吉原の話。吉原といえば浅草田圃のいわゆる新吉原のイメージが強いですが、実は移転前の吉原は人形町にあり、勝山もこの人形町の吉原(元吉原)に勤めていました。
そして、湯女の勝山が吉原に入ってきたことが、当時どれほどセンセーショナルで、後の新吉原の文化に影響を与えたのかが描かれていて、勝山ファンにはうれしい構成になっています。
私は『吉原御免状』(仙台高尾の項参照)を読んで以来、 勝山の大ファン。こちらは小説なので、明暦2年に元吉原から失踪したはずの勝山が、明暦3年、移転後の新吉原でも活躍しているという設定なのですが、それには重大な理由があり……という勝山のアナザーストーリーとして大いに楽しめます。
※絶版のため、現在Amazonでの取り扱いなし。ただし中古品あり
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『その日の吉良上野介』 (池宮彰一郎著)/角川文庫・540円
 
『忠臣蔵』の世界をさまざまな角度で楽しみたい方におススメ。
著者が映画のシナリオライター出身ということもあり、 本を読みながらも、まるで映像を見ているかのようにそれぞれのシーンが鮮やかに目に浮かぶのが印象的。特に、『その日の吉良上野介』は吉良の目から見た赤穂事件という視点が新鮮。 『四十七人の刺客(上)』
『同(下)』
『最後の忠臣蔵』
(すべて角川文庫)は映画化もされていますが、原作には映画でカットされたエピソードや細かい心理描写まで描かれているので、面白さが倍増すると思います。
さらにもう一歩踏み込みたい、という方は、歌舞伎の『仮名手本忠臣蔵』を観劇するのがおススメです。年末時代劇などで取り上げられる『忠臣蔵』(いわゆる赤穂事件を元ネタに、フィクションを盛り込んでエンタテイメント化した世界観の作品)を底ネタにして、歌舞伎の独参湯(どくじんとう:効き目のよい漢方の名前。『忠臣蔵』は必ず大入りするというジンクスからこういわれる)と呼ばれ、いまなお高い人気を誇っています。余談ですが、堀口はこの五段目、六段目が大好きで、東京でかかるときは必ず観に行ってますね。同じ演目でいろんな役者の芝居を見比べるのも、歌舞伎見物の楽しみの一つです。
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『嗤う伊右衛門』 (京極夏彦著)/中公文庫・580円
 
お岩さん、伊右衛門の純愛に泣きました。
この本が面白いのは、『四谷雑談』を底本としつつも、私たちになじみの深い、いわゆる鶴屋南北の『東海道四谷怪談』の世界を巧みに織り交ぜながら、 まったく新しいヒロイン・お岩さん像を作っているところです。本作のお岩さんは顔が崩れても悲嘆せず、凛として生きる心の美しい女性として描かれています。伊右衛門のことを心から愛し、伊右衛門もお岩さんを愛しています。お互いがお互いを思うがゆえにすれ違い、悲劇の道をたどり、最高に切ないラストシーンを迎えます……くわしくは読んでみてのお楽しみ!
紆余曲折を経て、日本一有名な怨霊になってしまったお岩さんですが、実際は献身的に夫を支えた美しい女性だったということを考えると、京極版お岩さんが、実像に一番近いんじゃないかな、なんて密かに思ったりします。
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『桜田門外ノ変(上)』
『同(下)』
(吉村 昭著)/新潮文庫・(上)580円(下)620円

 
こんなに史実に近い小説が書けるんだと驚愕しました。歴史小説の金字塔だと思います。
水戸藩士・関鉄之助の視点から描いているため、桜田門外の変の前後の流れがわかるのも魅力的です。そして、関が英雄扱いされず、あくまで水戸藩士として国と主君を思って行動した、いわば会社に忠誠を誓うサラリーマン的人間として描かれているのも面白いな、と思いました。いのもヒロインとして特別に華やかな描写があるわけではありませんが、短い登場シーンの中でその薄幸な人生が淡々と語られるがゆえに、強烈なインパクトを感じます。敵役である井伊直弼にいたっては、暗殺されて首が飛ぶまでまったく語られません。これによって、関ら襲撃メンバーにとって"井伊直弼"とは顔さえ見たことがない、得体の知れない存在だったんだということに気が付き、はっとさせられました。
そしてなにより、井伊直弼襲撃シーンがすさまじい! まったくかっこよくない! いわゆるチャンバラ色は一切なく、取り乱してお互いが同士討ちを始めたり、間合いをまったく図らずに無様なつばぜり合いをするばかり。やっと井伊の首を挙げた後も、特に誰かに褒められるわけでもなく、襲撃メンバーは一人、また一人と命を落としてゆく……。もちろんこれが史実なわけで、 嗚呼、テロってむなしい、と心から思いました。
この本を原作にした映画 『桜田門外ノ変』
(佐藤純彌監督)もおススメです。逃亡を続ける関の「我らは、井伊直弼の首一つを奪うために、どれだけ多くの命を道ずれにしたのでしょうか」という台詞が深いな~と思いました。ちなみに関を演じたのは大ヒットドラマ「JIN‐仁-」の大沢たかおさん。これまた、はまり役でしたよ。
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『竜馬がゆく』 (司馬遼太郎著)/文春文庫・(一)~(八)各660円
 
現在の英雄的龍馬像を形成したのが『竜馬がゆく』なら、千葉さな像を形成しているのもまた『竜馬がゆく』でしょう。とにかく悶絶するほど面白いです。騙されたと思って読んでみてください。 全巻セット
もあります!
さなに関しては、報われない龍馬への一途な恋心が見どころ。この作品の印象があまりに鮮やかなので、龍馬を思って生涯独身を通した、という 千葉さな処女神話ともいうべき、イメージがありますが、実際には維新後に結婚していた、というのはぷろふぃーるで前述した通り。しかし、生前のさなはことあるごとに「自分は龍馬と婚約していた」と話していたといいますから、やっぱりよっぽど好きだったんだろうなぁ。
龍馬関連でさらに踏み込んだ作品を読みたい方には 『汗血千里の駒 坂本龍馬君之伝』
(岩波文庫)をおススメします。幕末に土佐藩医の息子として生まれ、維新後に自由民権思想のジャーナリストとなった坂崎紫瀾が、地元高知の新聞「土陽新聞」連載した記事で、『竜馬がゆく』はもちろん、あらゆる龍馬作品の底本になっています。ちなみに大河ドラマ『龍馬伝』の第一話冒頭で、岩崎弥太郎にインタビューをしていたのが、『汗血千里駒』の記者・坂崎紫瀾だそうで、本ドラマの原作的な位置付けになっているそうです。千葉さなの出番は少なかったですが、序盤のヒロインとして、憧れの剣術美少女的な立ち位置で登場していました。
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